患者さんインタビュー Vol.2
井上 裕子 さん(仮名) ー 30歳代 女性

今を大切に家族みんなで日々、
楽しんでいきたい

長男の翔太くん(仮名)がムコ多糖症Ⅱ型と診断されたとき、
「こんなにつらいことが…」と落ち込んでしまった井上裕子さん。
ですが周囲の支えと、元気に過ごす翔太くんの姿から
「今を大切にしよう」と考えられるようになったといいます。
翔太くんの診断から今に至る道のりとこれからについて、裕子さんに伺いました。

紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、
全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

現実として受け止められなかった

 翔太は人が好きで、最初はちょっと緊張するけれど、すぐにうちとけられる人懐っこいタイプです。歌が好き、そして楽器も好きで、タンバリンやカスタネットでリズムをとりながら、好きな歌を歌っているときはほんとうに楽しそう。小学校の先生方からもかわいがってもらっているようで、この子が好きな歌を授業に取り入れてくれています。
 そんな翔太がムコ多糖症Ⅱ型の診断を受けたのは、中耳炎をくり返していた3歳5カ月のとき。かかりつけの耳鼻科の先生から、大きな病院の受診をすすめられたことがきっかけでした。紹介状に「ムコ多糖症の可能性あり」と書いていただいていたようです。紹介先の総合病院で血液検査と尿検査を受けました。
 担当していただいた小児科の先生にムコ多糖症についてたずねると「まれな病気で、私も診たことがないんです」。その言葉に不安になって、検査の結果が出るまで1週間ほどあったので自分たちでも調べてみました。確かに翔太にあてはまる症状はありましたが、夫は「そんなはずはない」と。私は看護師として働いていて一般の人よりも医療の知識はあるほうだと思いますが、聞いたおぼえのない病名でした。
 検査の結果を告げられたときの正直な気持ちは「この世に、こんなにつらいことがあるのか」。現実として受け止められず、病院からの帰り道はずっとうつむいていました。すると夫が「しょうがない」と。しょうがないって、どういうこと?その瞬間はカチンッときて険悪な空気になりましたが、私がけっこう落ち込んでしまうタイプだから、あえて明るく、軽い調子で「しょうがない」といってくれたんだと思います。「たとえ病気があっても、翔太がぼくらの子どもであることには変わりないんだから、しょうがない」。そう伝えたかったのでしょう。あのときのやりとりは、今もよくおぼえています。

母親の私が信じなくてどうするんだ!

 診断を受けて、「そうだったのか」と腑に落ちたところもありました。乳幼児健診で、翔太はまわりの子どもたちより成長が速いというか、体が大きく、お腹がぽっこりしていたんです。健診の先生からは「太り過ぎだから、食べさせるものをもう少し考えないと」といわれました。自分なりに考えながら食べさせてきているのに、どうして?と。
 でも過成長も、お腹がぽっこりする肝脾腫も、ムコ多糖症Ⅱ型の症状でした。ほかに中耳炎や、関節拘縮からくる体の固さも。診断されたことで、こうした症状の原因がわかったのはよかったと思います。
 治療について、先生からは造血幹細胞移植と、酵素補充療法という点滴による治療があると説明を受けました。造血幹細胞移植が選ばれることもあると聞きましたが、このときは夫と相談して、酵素補充療法を選びました。
 治療法があるのはありがたい。でも一方で、進行を防ぐための治療だと先生から聞き「完治するわけではないのか……」と、残念に思う気持ちもありました。そんな私に、小児科の看護師さんが「私は絶対によくなるって信じてますよ」といってくれたんです。
 「完治するわけではない」という現実を突き付けられて、私は落ち込んでいました。でも、看護師さんは「信じてますよ」と。ハッとしました。「母親の私が信じなくてどうするんだ!希望をもって、夫と一緒に翔太を支えていこう」と、治療に向き合えるようになりました。
 診断から1カ月もたたないうちに、検査を受けた総合病院で酵素補充療法を開始しました。病院にとっても初めての治療例ということでしたから準備が大変だったと思いますが、親身になって対応してくださったスタッフのみなさんのおかげで、すぐに治療を始めることができました。感謝しています。

子どもたちと一緒に、今を楽しもう

 診断については、私の両親にもすぐに伝えました。孫が病気と聞いて驚きもあったと思いますが、父は比較的冷静で「情報を集めて、できることをするのが親の務めだよ」といってくれたのをおぼえています。夫が職場で、週に1回、治療のために病院に通うことになると伝えたときは、みなさん理解してくださったそうです。
 私は看護師として病院に勤務していましたので、夜勤があり、土日も仕事があってと、忙しい日々を過ごしていました。今は職場を移して、訪問看護師として働いています。以前よりも時間に余裕ができ、週末はだいたい休めるようになりました。翔太の下に弟と妹がいますが、子どもたちと過ごす時間も増えています。
 翔太がムコ多糖症Ⅱ型と診断され、治療が始まってから、人生に対する私の考え方は少し変わったと思います。以前は、将来に備えて今は我慢、節制しながら暮らしていこうという考え方でした。翔太の病気がわかって思い知らされたのは、人生、いつ何が起こるかわからないということ。だったら、今を大切にしようと。行きたいところがあれば行く、食べたいものがあれば食べる。子どもたちと一緒に、今を楽しんでいこうという考え方に変わりました。家族で動物園や水族館に行ったり、おいしいものを食べたり。できる範囲で、今を思いっ切り楽しむようにしています。
 今、翔太は小学5年生で、特別支援学級に通っています。入学するとき、自分のことはなるべく自分でできるように、服のボタンをマジックテープに変えようかとか、いろいろ心配していました。体が固くて手指の動きにも制限があるので、服の脱ぎ着に苦労するんです。でも、学校の先生が「手伝ってほしいことがあれば、翔太くんが自分で伝えられるようになったほうがいいですよ」といってくださって、楽になりました。確かに、ずっと親がそばにいて面倒をみられるわけではないし、中学生、高校生になれば翔太の世界も広がっていくでしょう。自分の考えを自分で周囲に伝え、コミュニケーションをとれるようになったほうがいい。学校での過ごし方は、先生方におまかせしています。

一人で抱え込まないことが大事

 将来に対して不安がないといえば嘘になります。症状が進行するかもしれないし、夫と私がいつまで働けるかもわかりません。希望は、治療で今の状態を維持しながら、社会の中で翔太が自分の居場所をみつけること。それは今の積み重ねの先にあるものだと思うので、やはり「今がいちばん大切」です。家族みんなで日々、楽しんでいきたいですね。
 このように考えられるようになったのは、まわりの人の存在も大きいと思います。ムコ多糖症Ⅱ型は希少疾患ですから、翔太と同じ病気の人は近くにはいません。でも、一人で抱え込むと思考が内向きになって、不安だけが大きくなってしまうもの。私は翔太の病気について仲のよい友人たちには話していたし、患者家族会で同じ境遇のお父さん、お母さん方と出会い、交流できたことが支えになりました。あれこれ考えてしまうのは仕方ないとしても、一人で抱え込まないようにすることが大事だと思います。
 もちろん親として不便を感じることはあるし、不安になることもあります。でも、翔太は毎日元気に過ごしているし、弟も妹もお兄ちゃんが好きで、支えられるところは支えてくれています。この幸せが続くように、これからも病気と正面から向き合っていこうと思います。

これまでのあゆみ
監修者のことば

 ムコ多糖症Ⅱ型は、生まれつき体の中にある「ライソゾーム」という部分で働く酵素の働きが弱くなるか、なくなってしまう病気です。本来、その酵素は「ムコ多糖(グリコサミノグリカン)」と呼ばれる物質を分解する役割があります。ですが、働きが悪くなると、このムコ多糖が体の中にたまりやすくなり、さまざまな症状が出てきます。
 この疾患は、できるだけ早くみつけてすぐに治療を始めることが、とても重要とされています。
 病院へは毎週通院しており注射には苦労する場面もありますが、まわりの方のサポートもあり、患者さん、お父さん、お母さんともに治療に対して前向きに取り組んでおられます。
 病院としては患者さんのサポートができるよう、在宅医療の体制を整えているところです。

市立三次中央病院 小児科
(現・広島市立舟入市民病院)
下薗 広行 先生

 治験のときから毎週片道2時間かけて、家族の協力により当院まで通院されています。きょうだいもいる中で本当に大変なことだと思います。家族みんな仲よしで、優しいきょうだいです。弟くんも妹さんもお兄ちゃんの面倒を見てくれています。
 動物が大好きで、怖がらずに自分から近づいていき動物にも好かれるところはきょうだいにも尊敬されているというエピソードを聞いたりするので、本当に仲のよい家族なんだと思います。
 いろいろな症状が少しでもあやしいと思ったら、かかりつけ医にご相談してほしいと思います。
 治療についても本当に前向きで、病気を受け入れられるまでは葛藤はあったと思いますが、少しずつでもよくなると信じるお母さんの気持ちを応援したいと思います。

独立行政法人国立病院機構
岡山医療センター 小児科
古城 真秀子 先生

病気や治療に関してわからないことがある場合は、
必ず主治医にご相談ください。

JCRファーマ株式会社
  住友ファーマ株式会社

協力:日本ムコ多糖症患者家族の会